〈山本勘助〉1969年、視聴者の蔵から実在の証拠が出た

昭和44年(1969年)10月、大河ドラマ『天と地と』の放映を機に、北海道釧路市在住の市河家子孫が先祖伝来の古文書を調査に出し、その中から「山本菅助」の名を記す武田晴信書状(市河文書)が確認された。信濃国衆・市河藤若への使者として菅助を派遣する内容で真物と鑑定され、勘助のモデルとなる実在の武田家臣の存在が初めて一次史料で裏づけられた。フィクションが実証研究を動かした稀有な例である。

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