〈石川数正〉人質交換で家康の妻子を奪還した

永禄5年(1562)、上ノ郷城攻めで捕らえた鵜殿氏長・氏次兄弟と、駿府の築山殿・竹千代(信康)との交換をまとめ、無血で妻子を取り戻した。初出は『三河物語』ほか江戸初期の徳川関係史料で、交換自体は複数史料が伝える基本的事実。ただし近年は「氏真が縁戚の母子の処刑を躊躇していたところに好機が重なった偶然の産物」とする見方もあり、数正個人の交渉術のみを強調するのは軍記的脚色を含む。

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