〈色部勝長〉旗紋相論 — 「白地に日の丸」の旗をめぐり訴えた

永禄6年(1563)、自家の「白地に日の丸」の小旗と同じ旗を平賀重資が用いているとして、奉行・河田長親に抗議。平賀は「斎藤朝信の家来も使っている」と弁明したが、最終的に勝長の主張が通り、平賀は使用を禁じられた。色部文書等の文書史料に基づく逸話で、戦国国人の家格・シンボルへの強烈な自負を示す。

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