〈鈴木重朝〉伏見城の戦いで鳥居元忠を討ち取った

慶長5年8月5日付真田昌幸等宛石田三成書状(真田家文書)に、元忠が鉄砲頭・鈴木孫三郎(=重朝)に討ち取られたと記される。落城直後の同時代一次史料による、極めて確実性の高い武功。ただし当時の名乗りは「孫三郎」であり、「雑賀孫市が元忠を討った」は後世の遡及的呼称である。

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