〈鈴木重秀〉政敵・土橋守重を暗殺した

石山合戦後に信長へ接近した孫一は、反信長路線の土橋守重と対立。顕如の調停も実らず、天正10年(1582)1月23日に刺客が守重を暗殺、信長の後援で土橋派を制圧した。本能寺の変後は夜間に雑賀を出奔(「夜逃」)。「一向宗に殉じた英雄」像と相容れない、権力闘争の当事者としての最重要エピソードである。

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